妬みと利己心に気づきたい The Little Light 008

Revised Common Lectionary Daily Readings
Friday, February 06, 2026
Psalm 112:1-9; Isaiah 29:1-12; James 3:13-18
 
Epistle of James, chapter 3
13 Who is wise and knowledgeable among you? Show by your good life that your works are done with gentleness born of wisdom. 14 But if you have bitter envy and selfish ambition in your hearts, do not be arrogant and lie about the truth. 15 This is not wisdom that comes down from above but is earthly, unspiritual, devilish. 16 For where there is envy and selfish ambition, there will also be disorder and wickedness of every kind. 17 But the wisdom from above is first pure, then peaceable, gentle, willing to yield, full of mercy and good fruits, without a trace of partiality or hypocrisy. 18 And the fruit of righteousness is sown in peace by those who make peace.
 
ヤコブの手紙 3章
13: あなたがたの中で、知恵があり分別があるのは誰ですか。その人は、知恵に適う柔和な行いを、良い生き方によって示しなさい。14: しかし、あなたがたが心の内に、苦々しい妬みや利己心を抱いているなら、誇ったり、真理に逆らって噓をついたりしてはなりません。15: そのような知恵は、上から降って来たものではなく、地上のもの、自然のもの、悪魔から出たものです。16: 妬みや利己心のあるところには、無秩序とあらゆる悪い行いがあるのです。17: しかし、上からの知恵は、何よりもまず、清いもので、さらに、平和、公正、従順なものです。また、憐れみと良い実りに満ち、偏見も偽善もありません。18: 義の実は、平和をもたらす人たちによって平和のうちに蒔かれます。
 
ねたみ、というか、競争心がものすごく強かったのは高校時代までだったと思う。特に部活の試合では負けたくなかったし、誰よりも強くなりたかった。受験勉強もそれなりに頑張った。しかし、最後の高校総体で惨敗し大学受験も失敗して国立大学に受からなかった後、気が抜けたように誰かと競争する意欲がほとんどなくなったように思う。それに、10代後半の時期、ちょうど高校を卒業して大学1年目くらいから自分のセクシュアリティに気づき、悩み始めたので、誰かと比べて妬むというような余裕がなかった。ねたむ、というか、なぜ自分には他の人たちと同じように堂々と好きになった相手と手を繋いだりすることがゆるされないのだろう、なぜ同性愛者は結婚できないのだろう、なぜ、こんなにも辛いのだろう、という気持ちが強かった。ねたみ、というのはマジョリティの方が持ちがちなのではないだろうか。マイノリティの場合は自分に与えられていない権利を正当に求めているだけなのだから。
しかし、ときどき、特に年下の方々が私には一生まわってこないであろう教会の任地を得たりしているのを知ると、ねたみのような気持ちが湧いてくる気がする。これは、ねたみかな?と自分で思ったりする。ただ、これに関しても人事のスタートラインが全く公平ではなく、能力や経験や実績で見てもらうことができないことへの悔しさが強いので、純粋なねたみではないかもしれない。
「ねたまれているんじゃない?」と言われたことは何度もある。私は平気でいろんなことを成し遂げているように、ある人たちからは、見えるらしい。  実力を身につけたり、資格をとったりするためにどれほどの努力をしてきたかは、見えないのだろうか。
ねたみや利己心を抱かない自分でありたいし、抱いた時に気づけるようにしていたい。平和、公正、従順の部分は英語から訳すと、平和を好み、優しく、人の意見を聞きいれるというふうにも訳せる。優しい心で、人の意見を喜んで聞きいれる態度が、「上からくる知恵」をまとった態度である。