素直に受けとるという愛 This Little Light 002

Revised Common Lectionary Daily Readings
Saturday, January 31, 2026:
Psalm 15; Micah 3:1-4; John 13:31-35;
 
31:さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受け、神は人の子によって栄光をお受けになった。32:神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神もご自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。33:子たちよ、今しばらく、私はあなたがたと一緒にいる。あなたがたは私を捜すだろう。『私が行く所にあなたがたは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今あなたがたにも同じことを言っておく。34:あなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。35:互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを、皆が知るであろう。」 
 
新約聖書 ヨハネによる福音書 13章31〜35節(聖書協会共同訳)
 
ここでイエスが述べている栄光とはどんなものを意味するのだろう、と思う。誰かを打ち負かすとか、人一倍収入を得るとか、たくさんの人から褒められるとか、そういう類のものではないのだろうと推測する。十字架刑にされる前に、イエスが弟子たちに伝えたとされるこの言葉たち。新しい戒めは三度繰り返し述べられている。ー互いに愛し合いなさいー New Revised Common Version の翻訳では「すべき」のshould が使われている。
34 I give you a new commandment, that you love one another. Just as I have loved you, you also should love one another.
Common English Bible ではもう少し強めのmust が。日本語ももう少し強めの言い方でもいいのかな。これはおすすめではなく、そうすべきだし、しなければならないんだ、というニュアンス。しかし、愛し合うということも、実際にはどんなことを意味するのだろうか、と思う。 
誰かを愛するという時、自分から何かをしてあげるようなイメージを持ちがちなような気がするが、誰かから自分へのプレゼントをまっすぐに受け止め、受け取り、感謝をあらわすことも、愛することの一つではないだろうか。私は実は手紙の返事を書いたりするのが苦手である。たくさんの人たちが、私のことを思い応援してくれて今まで生きてきた。それらの愛を本当にちゃんと受け止め、さらに、それに応答していくことができていない。
自分が愛される価値のある人間と思えないと、他者からの愛をまっすぐ受け入れることができないのだと思う。私の中で、まだまだ、自分にはそんな価値はないと思い込ませるパワーが渦巻いている。互いに愛し合うことの一歩は、自分自身の存在の大切さを心から認めるところから始まるかもしれない。