2015年3月10日火曜日

つれづれなるままに

説教や映画の感想ばかりのブログになりつつありましたが、なんかフツーに自分のことも書いてみようかなと思います。

小学校のころだと思うんですが、「吟遊詩人」ていう言葉に出会ったんですよね。それ以来、吟遊詩人のように生きたいなぁってぼんやり思ってました。今、まだ35年しか生きていませんが、振り返ってみると吟遊詩人ぽい人生じゃないかと嬉しいのか悲しいのかよくわからなくなっています。

3年ごとに人生の転換期がきていたような20代と、30代前半でした。一般的な、両親がいて実家があってという家庭環境は私にはないので、頼れるのは、やっぱりいつも神さまだけだったなぁ。まさか、お金も人脈もない自分が留学できるなんて本当に、神さまの導き以外の何物でもなかった。

今年からやっと、腰を据えてお仕事に取り組ませていただくことになります。予想はしていましたが、都会の教会とは比べ物にならない苦労を抱えることになりそうです。キリスト教が小さい地域の中でも、一番小さい教会に仕えさせていただくのは、私にとってとても誇りなことだと思う。

母が友人に誘われて教会に行くことになったおかげで、私の人生は教会と神さまと常に繋がっている人生になった。母上に感謝。これから、全然できてなかった恩返しもしていかねばならない。


教会を、誰がきても楽しいな、来てよかったなって思える場所にしたい。高校生の頃かな?ワープロを買ってもらって、その頃の教会が単立だったので、私が毎週週報を作る担当をしてた時から、もっと教会に友達を誘えたらいいんだけどなぁ、どうしたらいいのかなぁと思ってた。その頃から、教会に馴染んでいない人が来ても楽しくないだろうなぁ、って思ってたんだよね。

なんで楽しくないんだろう?イエスさまのところには人が集まってきたのに、今の教会には人が集まらないのはなんでだろう?って。

イエスさまの教え=内容は素晴らしいのに、人が集まらないのは、伝え方・魅せ方=方法が間違っているせいだと思う。

小さい教会だからこそ色々なアイデアを自由にやらせてもらえそうなので、4月からが楽しみ。

都会からも、遊びに来てくれる若者が増えるといいなぁ。



一応、犬。。



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