説教「 希望の声」@日本キリスト教団仙台北三番丁教会

希望の声 The Voice of Hope
改訂共通聖書日課 B年
YEAR B – THE 2ND SUNDAY OF ADVENT
  
2014年12月4日(木)
於・日本基督教団仙台北三番丁教会 女性の会待降節集会

聖書箇所(招詞)旧約聖書 詩編85章9-14節(新共同訳)
聖書箇所(説教)旧約聖書 イザヤ書40章1-11節(新共同訳)

讃美歌21 242(主を待ち望むアドベント)
237(聞け、荒れ野から)
178(あがめます主を)

                              


12月2日に衆議院議員選挙が公示され、選挙戦が始まりました。
仙台の街でも、至る所で立候補者たちが叫ぶ声が聞こえはじめていることと思います。また、ちまたでは、イエス・キリストの誕生とはまったく関係のない内容のクリスマスソングも流れ始めています。肉声として聞こえる声だけではなく、周囲を見回すと、あらゆるところにサンタクロース・クリスマスツリー・クリスマスケーキのオンパレードですね。

私たちは、特に仙台などの都会では、他の街と比べるとさらにたくさんの、雑多な聞こえる声・見える声たちに囲まれて生きています。


                              


今日の聖書の箇所、イザヤ書40章1−11節には、3種類の声が含まれています。

神の声、Divine council神と天使たちの天上評議会メンバーの声、イザヤの声です。
ひとつひとつ、見ていきましょう。

慰めよ、慰めよ。語りかけよ。呼びかけよ。神の声です。


英語だと、Comfort, Speak, Cry. ヘブライ語では、この言葉は複数命令形という命令形の言葉です。複数の誰かに向かって「Comfort慰めよ。Speak語りかけよ。Cry呼びかけよ。」と、神さまが命令しています。


神さまから命令をうけている「複数の誰か」の正体は、誰でしょうか。

これは、一般に、イザヤ書6章で出現して「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。」と唱えている「呼び交わす声」(6:3−4)すなわちDivine council(Walter Brueggemann), Divine hosts(Paul D. Hanson), Angelic messengers in the heavenly court(Jewish Study Bible)である、と聖書学者の間では広く理解されています。日本語の神学用語での定型の訳が見当たらなかったので「神と天使たちによる天上評議会」短くして、「天使たちの評議会」と訳そうと思います。

解釈として、命令を受けている複数の誰かは私たち人間であると解釈することも、もちろん可能ですが、今日は、私は、ブルグマン、ハンソン、そしてユダヤ教のスタディバイブルなどが提案している考え方をまず採用します。


3節の「呼びかける声がある」の声、これは、Divine council:天使たちの評議会のメンバーのひとりからの声です。英語の聖書ではA voice cries out「ある声が強く叫んでいる」とあります。6節「呼びかけよ、と声はいう。」この声は、評議会の別のメンバーの声です。A voice says, “Cry out!”「ある声が言う、叫べ!と。」


6節の「わたしは言う、なんと呼びかけたらよいのか、と。」の「わたし」が預言者イザヤの声です。


そして、6節の後半から11節まで、天使たちの評議会のメンバーの声が続きます。


細かいところはともかく、神さま、天使たちの評議会、イザヤの声があるのだということです。40章1−11節は、3者の声のかけ合いです。神が語り、その語りかけを受けた天使たちの評議会のメンバーがイザヤに語り、その声を聞いたイザヤが「何を語ればいいのか?」と天上評議会メンバーに問いかける。


                              


3者の声で、イザヤの声だけが疑問形です。「何と呼びかけたらよいのか?」
神さまと、天上評議会の声は「慰めよ、語れ、呼びかけよ、高い山に登れ、力を振るって声をあげよ、見よ!」という強い命令です。この40章から、まったく新しい事柄が始まるから、それを知らせよ、という命令です。

皆さんすでにご存知のとおり、イザヤ書40章は、3つのパートに分かれているイザヤ書の第二の部分の始まりです。第一部の1から39章は旧約聖書の人間側の主人公イスラエルの人々をとりまく大きな力を持った国々の滅亡や台頭、イスラエルの王の死、王権争いなどの時代でした。とりわけ、エルサレムの崩壊が、イザヤ書の第一部では大きなテーマでした。エルサレムという町も、礼拝の場所も、社会的なインフラも、神学的な支えも破壊されてしまったと出来事。そして破壊の末に異国への移住を強いられた、バビロン捕囚。第一部で、預言者イザヤは、一連の出来事を神の裁きという観点から語っています。


第一部の最後39章から第二部の最初40章の間には、150年以上もの空白期間があると言われています。つまり、第一部と第二部では書いた人間も違うし、書かれた時代も違います。当然、語られている内容も異なります。


神の裁きによってズタズタにされてしまったエルサレム、イスラエルの人たちの絶望と悲しみの、150年。長い沈黙の150年を経て、預言者イザヤは、40章から、神の勝利と人々が信頼しうる希望を語り始めるのです。


「声をあげよ、恐れるな。見よ、あなたたちの神。」

この節は、英語では ”Here is your God!” とビックリマークまでついています。
「ここにあなたたちの神がいる!」です。


                              


ところで、新約聖書の4つの福音書すべてが、40章3節「主のために、荒れ野に道を備え、私たちの神のために、荒地に広い道を通せ。」を引用しています。マタイ3:3、マルコ1:3、ルカ3:4、ヨハネ1:23 —「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」


荒れ野の中の道。広い道。これは、古代、戦争に勝利した王が凱旋する道でした。旧約聖書の神のイメージというのは、「王」のイメージです。


私よりずっと多くを生きてこられた皆さんは、イエス・キリストに従う者として、これまで、一所懸命に(一生懸命ではなく一所懸命です)主の道を整え続けて来られたと思います。


私は、1980年昭和55年という戦争が終わってからすでに35年も過ぎて生まれてきました。それゆえ、私の口からは戦争のことを語る資格がないかもしれませんが「荒れ野に主の道を整える」ということを想像するとき、先の戦争を経験してこられた方々が主の道を備えてきた過程には、本当にイスラエルの人たちが経験したような破壊に対する絶望、言葉にできないような悲しさ、苦しみがあったのだろう、と想像します。


また、戦争ほどに大きな、共同体としての苦しみを経験しているわけではありませんが、戦後世代の私たちも、個々人の人生の中で、ズタボロになるような経験をしています。痛み、苦しみの荒れ野の中で「主の道」を備えてきたのです。


アドベントのこの時期、ちょうど選挙にも重なって、私たちは、さまざまな声たちに囲まれていますが、今日、心を沈めて、神さまが語りかける声のことを思い出してみてください。


皆さんの歩いてきた信仰の歩みを、振り返ってみてください。

それぞれの道、イエスさまと共に歩んできた道があるはずです。
預言者イザヤが語る主のために備える道は、砂漠、荒れ野の中にある実際の道そのもののことではありません。私たちが神さまの声を聞いて、イエス・キリストに従おうとして歩んできた道もまた、その道なのです。

力強い神が、私たちの人生を導いてくださいました。羊飼いとしての神さまが、私たちを集め、子羊を抱くように私たちを守ってきてくださいました。


皆さんは、イザヤ書40章で、神さまと、天使たちの評議会が伝えた声を聞いて、ここまで歩んできたのです。


希望の声。慰めの声。

最もその声がよく聞こえた瞬間は、いつでしたか?

それは、どんな声でしたか?優しい声?厳しい声?

その声は、耳で聞いて聞こえるものでしたか?
それとも、目で見てわかるものでしたか?
読んで理解するものでしたか?
触れられて感じるものでしたか?

それは、聖書の文字だったかもしれません。

牧師の説教だったかもしれません。
教会で出会った人々との交わりだったかもしれません。
誰かのあたたかい握手や、抱擁だったかもしれません。

どんな形であっても、皆さんは、希望と慰めの声を聞いてそれぞれの、神さまと皆さんの道を歩んできました。でなければ、今皆さんはここに集っていないはずです。



                              



私にとって、北三番丁教会で過ごした数年間は、希望の声の一部でした。東北教区で補教師になってから、私のことをきちんと「先生」と呼び始めてくださったのは北三番丁教会の皆さんです。信徒の頃から、私のために祈り、励まし、支えてくださった皆さんの声は、神さまが皆さんを通して語ってくださったものと信じています。その声に支えられてきたからこそ、今の私があります。

3年間のアメリカ留学では、かなり直接的な力強い声を聞きました。今、ミズーリ州ファーガソンという町で暴動がおきていると、日本のニュースでも報道されていますが、ファーガソンがある郡セントルイスカウンティは、私が3年間住んでいたところです。多くの友人の牧師たち、教授たち、教会の方々が、怒りを暴動にしてしまっている人たちのすぐそばで平和と正義のための声を上げています。

アメリカでは、愛することと、神さまの正しさを訴えることは切り離されるものではなく、それが一体となって希望が生まれると身を以て学ばせていただきました。



                              


希望の声を聞き、主の道を備えてきた私たち。


ところで、冒頭で、神と天使たちによる天上評議会の存在を申し上げました。この天上評議会のことを、ブルグマンという旧約聖書学者は、具体的には「天にあるヤーウェの政府」と理解しています。神が議長を務める政府です。


ウォルター・ブルグマン:アメリカの主流派教会でその名を知らない人はいない旧約聖書学者。1933年生まれ、現在は引退していますが、私の神学校(Eden Theological Seminary)で教え、実習した教会(Peace UCC)に通っていました。引退した今も精力的に執筆活動を続けており、新しく出た彼の書物はほとんどの牧師たちが一度は目を通します。



It is widely accepted by scholars that the plural of address is spoken to members of the “divine council,” the government of Yahweh in heaven that is peopled by angels and messengers. In order to understand this poetic, lyrical vision, it is necessary to conjure a scene of governmental functionaries in attendance on Yahweh, who presides over the government. (Brueggemann)


神さまは、イザヤ書40章ではこの天上の政府・天使たちからなる評議会に向かって「Comfort慰めよ。Speak語りかけよ。Cry呼びかけよ。」と命令されています。この評議会は、私たちキリスト教においては教会であるとも考えられると思います。


私たちは、主の道を歩む者として、私たちの生き方を決める際の議長である神に聞き従うのです。それは、今日の箇所では、命令です。


皆さんが今、アドベントのこの時期に、誰かをクリスマス礼拝に誘おうとして迷っているのなら、「呼びかけよ!」と神さまは命令しています。


皆さんの友人で、大変な苦境にある人がいるとしたら、「慰めよ!」と神さまは命令しています。


皆さんの知り合いで、何か大きな後悔をしたり、失敗を悔やんでいる人がいたら、その人の心に「苦役の時は満ち、あなたの咎は償われた」「語りかけよ!」と神さまは命令しています。


仙台北三番丁教会は、この地にあって1世紀近くその命令を果たしてきた教会です。しかし、神さまは、この待降節の時期に、その歩みを滞らせろ!とは言っていません。


「Comfort慰めよ。Speak語りかけよ。Cry呼びかけよ。」と言うのです。



                              


もう一度お尋ねします。


希望の声。慰めの声。

皆さんがその声を聞いたときのこと、思い出してみてください。

それは、どんな内容でしたか?

耳で聞いて聞こえるものでしたか?
それとも、目で見てわかるものでしたか?
読んで理解するものでしたか?
触れられて感じるものでしたか?

イエスさまが「降りてきなさい」とザアカイに語りかけたように

中風の人に「さあ、起きなさい」と呼びかけたように
姦淫の罪で人々に連れてこられた女性に「いきなさい」とささやかれたように

私たちは、神さまからの希望の声を聞いてきたはずです。


その声を思い出すとき、あたたかい気持ちが心にあふれます。

暗闇の中に光が、現れます。
挫けそうになっていた心がもう一度、奮い立たされます。

思い出してください。その声を受けとったときのことを。



                              


そして、

皆さんが受けとった希望の声は、皆さんだけのものではありません。
受け取ったのは、誰かを慰めるためです。誰かに呼びかけるためです。
誰かに語りかけるためです。

新しい時代の始まりを告げるイザヤは、続く41章で、繰り返し人々を励ましてくださる神の言葉を語ります。


恐れるな、恐れるな、恐れるな!と。(41:10-13)


また、新しい共同体のあり方をこのように示しています。


彼らは助け合い、互いに励ましの声をかける。

職人は金工を励まし、大槌を振るう者は小槌を使う者を励ます。
ひとりが据え付けて、良しと言うと
ひとりは釘を打って、動かないようにする。(41:6-7)

キリスト教会の新しい1年の始まりであるアドベント、今年も、私たちの希望の源であるキリストの誕生は目の前です。そして、アドベントの時期は、日本において、キリスト教徒ではない人たちが唯一、自然にキリスト教に興味を抱くきっかけとなる季節でもあります。この季節だからこそ、「Comfort慰めよ。Speak語りかけよ。Cry呼びかけよ。」と神は命令しています。



慰めましょう!慰められてきたから。

語りましょう!語られてきたから。
呼びかけましょう!呼びかけられてきたから。

アーメン


豪華なお花が飾ってありました!

信徒として通わせていただいていた教会での
説教は、緊張ですが、嬉しさひとしおでした。





参考文献・資料

  1. 日本聖書協会『聖書 新共同訳旧約聖書続編付き』
  2. Harold W. Attridge, The HarperCollins Study Bible NRSV, (HarperCollins Publishers, 2006)
  3. Joel B. Green, The CEB Study Bible, (Common English Bible, 2013)
  4. Adele Berlin and Marc Avi Brettler, Editors, Michael Fishbane, Consulting Editor, The Jewish Study Bible Jewish Publication Society TANAKH Translation, (Oxford University Press, 2004)
  5. Mark Allan Powell, The HarperCollins Bible Dictionary, (HarperCollins Publishers, 2009)
  6. Walter Brueggemann, Introduction to the Old Testament The Canon and Christian Imagination, (Westminster John Knox Press, 2003)
  7. Walter Brueggemann, Westminster Bible Companion Isaiah 1- 39, (Westminster John Knox Press, 1998)
  8. Walter Brueggemann, Westminster Bible Companion Isaiah 40-66, (Westminster John Knox Press, 1998)
  9. Paul D. Hanson, Interpretation A Bible Commentary for Teaching and Preaching Isaiah 40-66, (Westminster John Knox Press, 1995)
  10. Kathryn Matthews Huey, United Church of Christ Sermon Seeds Focus Scripture: Isaiah 40:1-11,Words of Comfort/A New Social Order, (http://www.ucc.org/worship/samuel/december-7-2014.html, Accessed by December 1, 2014)
  11. Rabbi Claudia Kreiman, Grief and Consolation in the Month of Av (Isaiah 40:1-26), (http://www.patheos.com/blogs/onscripturethetorah/2013/07/grief-and-consolation-in-the-month-of-av-isaiah-401-26/, Accessed by November 25)
  12. Christopher R. Seitz, The Divine Council: Temporal Transition and New Prophecy in the Book of Isaiah, (http://hebrew.wisc.edu/~rltroxel/SeitzCouncil.pdf, Accessed by December 1)
  13. Kristin J. Wendland, Working Preacher Commentary on Isaiah 40:1-11, (http://www.workingpreacher.org/preaching.aspx?commentary_id=2254, Accessed by November 25, 2014)
  14. The Consultation on Common Texts (CCT), The Revised Common Lectionary Includes Complete List of Lections for Years A, B, and C, (Augsburg Fortress Publishers, 1992)





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