2014年5月12日月曜日

ハイブリッド・アイデンティティ。

いよいよ、あと一ヶ月で日本に戻ることになる。

セントルイスに到着したのは2011年の7月だったかな。知り合いが一人もいない、言葉もちがう文化もちがうところによく一人できたもんだ、勇気があるねといろんな人から何度も言ってもらえた2年半ちょっとだった。

2011年の震災直後からボランティアで働いて、英語を話す練習をする時間がとれなかったので、読み書きはまあまあできたけど、来たばっかりの時は本当に話せないし聞き取れないしでしんどかったな。

やっと慣れてきた最初のセメスターの終了時期、2011年秋には、予測もしなかったことが起きて、これまた超しんどかったし。

そして、2012年は夏の仕事があまりにしんどすぎて、まいったし。

2013年はやっと人生の一大事をやり遂げたと思ったら一気に奈落の底に突き落とされて、アメリカとか日本とか関係なく、今まで生きてきた中で最もひどい傷を負ったし。

いや、ほんと、生き抜いたなあ(笑)


アメリカで友達を作らなかったら生き抜けなかったと思う。自分から心を開いていこうって決めて、勇気を出してやってみて、よかった。頑張ってよかった。

アメリカのやり方は日本とは違うから、私は日本人だから、って斜めから見ないで飛び込んでみて、よかった。

アメリカと日本やアジアを比べる時に、日本に重きをおいてたのが1年目で、日本人フィルターでアメリカ文化を見ているうちは勉強が自分の血肉にならなかった。友達も作れなかった。2年目に、そういうもんなんだ、とまず受けとめて自分もそれに習ってみるところから始めたら、すごく勉強が楽しくなった。

今や、アメリカ文化と生活のほうが心地いいほど。

アメリカから見てると、日本の政治のリーダーや社会制度は、とても排外的で差別的で、みんなが個性を持って生きられるように前進しようという心意気があまり見えてこない。

自分の母国ではあるけど、ヘイトスピーチのことや、マスメディアの偏向報道や、日本政府が憲法を変えようとしていることや、あらゆる分野でおじさんたちが力を握っていることなどを見ていると、なんだか残念な国ねって見えてしまうんだよね。

知り合いが送ってくださる私の業界のニュースレターを見ても、写真に写っている人はおじさんばっかりだし。

あと、宗教への嫌悪や無理解も甚だしいし。宗教不信や嫌悪があたりまえだと思ってる人達も多いし。

そういう国に帰らなきゃいけないというのが、今、わりとしんどい。


もちろん、そんな中で頑張っている人たちがたくさんいるのは知ってる。

アメリカのほうが日本より優れている、とかいうつもりは、さらさらない。


ただ、私にとっては、個人的に、断然アメリカのほうが居心地がいい。クリスチャンはマジョリティだし、セクシュアルマイノリティへの理解があるクリスチャンたちがたくさんいるし、一緒に3年間頑張った仲間たちもいる。もはや最近は夢だって英語で見るようになった。

この3年間は濃かった。慣れ親しんだこの環境から卒業して、すぐに帰国しなくちゃいけない。また日本人に戻らなくちゃいけない(?)。アメリカに来た時以上にしんどいかもしれない。

日本に帰ったら、髪の色も自由にできないし、ピアスもできないし、タトゥーなんてあり得ないほどのタブーだし、アメリカと比べると年上の人たちに相当な配慮をして話さなければならない。はあ。この、日本の「気をつかう」(使い過ぎ?)文化から一度抜けるとまた戻るのが相当しんどいと思う。「気」って何ですかって感じだもの、今や。

アメリカだと、人の考えや思いを日本のように予測するっていうのは失礼なことなんです。誰ひとりとして誰かの考えを読むことはできないんだから、勝手に推測して考えたり行動してはいけない、だから、自分の意見をきちんと述べなくちゃいけないし、他人の意見も直接、とてもダイレクトに聞いていい。誤解が少ない。

日本だと「普通こう思うでしょう」っていうのが先行して、相手の先回りをして相手の意図を読んで行動したり話したりしなくちゃいけない。ですよね?もう3年間もそれをやっていないし、むしろそういう「気をつかう」行動っていうのは相手に対して失礼だっていう文化に慣れちゃったから、日本人との会話の作法に戻るのは結構大変だと思う、私。

日本語のメールなど読んで、もちろん言語として理解はできるけど、相手がこの文章で結局一体なにを言いたいのかよくわからないという経験を何度かした。

日本の家族・友だちに会うのは楽しみ。ただ、私は3年前の私とは違うってことを理解してもらえるとありがたいなぁ。私が3年前と変わってなかったら、ここで教育を受けた意味がないってことだもの。

私はただ修士号を取りに来たんじゃない。タイトルさえあればいいと思って学んだんじゃない。自分で努力して、提供してもらった教育を自分の体と精神に取り込んだんだ。


マイデスク。


私はアメリカ人じゃないけど、以前のような日本人でもない。生物学的にはハーフではないけど、精神的にはハイブリッド仕様になったと思う。

もちろん、日本社会にフィットするようにある程度妥協はするつもりだけど、ゆずれないところは譲らずにもう一度新たなアイデンティティを構築したいものだ。

Act with justice, love tenderly, and walk humbly with God.



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